スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

過去語~高校生編②「夏休みと全ての始まり」~

・・・。
うだるような暑さと、セミの鳴き声がWで鬱陶しい季節。
そんな中、高校生活初めての夏休みを過ごしていた。。
夏休みの宿題も何かちらほらとでていた。
だけど毎日コツコツやれば八月の頭には終わる計算だった。
そうすれば八月中はげ~むやりたい放題だし、なにより楽に過ごせるぞ!!
と思ったオレは、毎朝決まった時間に決まった量の宿題をテキパキやって終わらせていった。


普段の学校生活の中でも「農場当番」なる物がある。
コレは名前の順で回ってきて、最終的に成績にも関わるのでちゃんと出席しなくてはならない。
オレもテスト中に運悪く重なってやったことがあった。
夏休み中も二回ほど順番で回ってくるので、夏休み中だが学校にはたまに登校していた。
基本的に一年生の作業は雑務が主で、例えば鉢花への冠水作業農具の整理整頓池の掃除etcと多岐に及ぶ。
二年生以上になればもう少し専門的な作業もできるらしい。
早く進級してもう少し専門的なことがやりたいな~~と思った。


夏休みと言ってもオレはほとんど家でげ~むしたりしていた。
たまに池田に誘われて遊びに行ったりもしたが・・・。
あいつが絡むと良いことは絶対に無かった。(ココ重要!!)
市民プールに行こうと誘われた時にあまりにもメンドかったのでドタキャンしようとしたオレを無理やり連れて行くし・・・。
まあ、プールは楽しかったがな・・・。
何かサイクリングとか言って適当に知らない道をドンドン行きやがって最終的に帰り方が分らないとか言いだすし・・・。
あの時はオレが来た道順を覚えてたから助かったが・・・。
同じような展開で、その時は夜だった上にオレも道を覚えきれないくらい遠くに行ったもんだから二人で途方に暮れながら走ったこともあった。
あの時はそうだ、知ってるホテルの看板が見えてそれを頼りに行ったら何とか知ってる道に出たんだ・・・。
中学時代にも、アイツが私立の願書を買いに行こうと言って来たので付き合ったらスゲぇ遅い時間になってしまった。
次の日に出せばいいのに今日中に先生に渡すとか言って夜の校舎内で願書を書いて、いざ担任の先生に出そうとしたら・・・。
何か誰かとの三面をしていて・・・しかも生徒の方が泣いてるんだよ
スゲぇ入り辛いんだが!!
結局は悩んだ末に出したが、親から電話で問い合わせがあったらしい・・・。
親が心配してるらしいからそれから即行で帰ったけど、やっぱ怒られた。
池田の奴は結局その私立を受けなかったので怒られ損だったって話だが・・・。
ああ、話がズレまくったな。
とにかく慌ただしくもそれなりに楽しみつつ夏休みの日々を過ごしていた。
田中から借りた「鬼武者3」にハマってやり込みまくったな・・・。
「最強装備モード」が解禁できずに終わったのが凄く心残りだった。
ついでに「牧場物語シリーズ」にハマったのはこの時期で、あの頃は暇さえあればやっていたので相当げ~む内年月が進んだものだった。
とにかく一年目の夏は楽しい内に終わって行った・・・。


夏休みが明けて、久しぶりに登校した学校で初日から衝撃的な発言が飛び込んできた。


「オレ、学校辞めたいんですけど。」


はい?
何か知らんが、オレの席の後ろでとんでもない事を真面目に話してる奴がいるんだが・・・。
え?辞める?まだ夏休み明けたばっかり・・・。
高校に何のために来たんだコイツは・・・と素直に思った。
先生は慣れているのか驚きもせずに「何だ、どうしてだ?」と聞いていた。
「続ける自信が無いからです。」とソイツは淡々と言っていた。
あとから聞いた話だが、一年の夏休みが明けてから学校を辞めたがる奴はそんなに珍しい物では無いらしかった
ソイツは次の日から学校に来なかった・・・。
元々素行も悪く授業中に携帯をよく鳴らしていたりしたし学校に来ない日も多々あった
それに来たとしても大抵寝てるか携帯いじってるか
こういうと何だが、居ても居なくても正直何も変わったりしなかった・・・。
むしろ教室が静かになった。
誰もソイツの事を追及したりしなかった。
そして二週間もすれば、誰もそんな奴の事を覚えてる奴は居なかった・・・。


夏休みで崩してしまった生活を修正し、やっと学校に慣れてきた所だった。
オレはその日池田と一緒に帰って、何かアイツを家まで送り届けてから帰路についた。
何かアイツと帰ると、この送るが当たり前になってたが、今更考えてもかなりおかしいんじゃないかと思う。
家がそれなりに近いとは言え、だ・・・。
その帰り道。
オレは地元のファミブに寄った。
毎週一回は新作のげ~む、またはマンガの新刊が出てるかチェックするために寄ることがオレの日課みたいな物だった。
この頃はネットを使える事は使えたが、まだ使いこなしていた訳ではなかったので新作、新刊は大概自分でチェックしないとならなかった。
その日もそんな感じで寄って、そして大きな出会いが待っていた。


「スーパーロボット大戦J」


コレを見つけた時、そういえばCMで宣伝してたな・・・。と思った。
スパロボには興味が無かった。
というか別にロボットを好きじゃなかった、この頃は。
何かストレートにオタクっぽいじゃんこの手の作品
教室でやってるとすぐにオタクオタクと言われそうだな~~。と思っていたため今まで手を出してこなかった。
実際問題、学校でげ~むしてるとスグに「いま流行りのオタクって奴?」とか「オタクってアレでしょ?萌え~~とか言ってる、秋葉に居るような人達の事でしょ?」とかとか。
この時代はまだ「オタク」という物が認知されていない時代だった。
なので「オタク」「秋葉原」って方程式が頭にデフォルトで入ってるくらいだからな。
つまりこの時代、一度オタクと思われるとどうしても変な人と思われてしまうのだ。
まあ、今でもそんな考えを持ってる人は多いと思うが・・・。
とにかくオレは自分がオタクでもないのにそう言われるのが耐えられなかった。
だって秋葉何て行ったことねぇよ!
未だに無いくらいだ
オタクって簡単に言うけど、オレはただげ~むしてるだけだぞ?
げ~むをしてたらすぐにオタクって何か酷くないか?
この変なジレンマみたいなのがオレをイマイチ一歩先へ進ませてくれなかった。
でも、オレは素直に思う。
このげ~むやってみたい。と・・・。
以前、池田にやってみろよとスパロボを凄いオススメされた経緯があった。
その時は断ったが・・・。
何故だか知らないが、いまもの凄くこの「J」をやりたくてしょうがなくなった。
オレは自分の中の感覚を信じて購入した。
もちろんハマった。
ヤヴァかった・・・スパロボってこんなに面白いげ~むだったのかと素直に感激してた
ロボットに興味を持ったのもコレがキッカケ、そして・・・。
オタク、いや・・・今のオレに近づくキッカケになった
まだ小さなキッカケだったが、確実に、確実に、今ここにあるオレに近づいていった。


十月の中旬頃、そうだな。
季節はって言うよりもになって来た当たりの話。
「体育祭」があった。
初めはかなり乗り気がしなかった・・・。
中学の時は楽しくやっていたが、最近体育は一部を除いてそんなに好きでも無くなっていた。
それでも体を動かす事が嫌いではないからやれる節が強かった。
が、別に「体育祭」自体はつまらなくなかった。
むしろ楽しくできた方じゃないかとさえ思った。
変なテンションになってた奴らも多く、色々なジュースを買ってきては混ぜて飲んだり、飲まされたりした。
不味かった。
競技自体は「障害物競争」という物に出場した。
特にこの障害物で酷いってか難しいのは後半の二つ
「マシュマロ探し」「バット十回転」
「マシュマロ探し」小麦粉をパンパンに敷き詰めた箱の中から「マシュマロ」を探すという物で、使っていいのはだけ。
つまり顔を突っ込んで「マシュマロ」を探さないとならない!
裏技で息を吹きかけて小麦粉を飛ばして探すというのもあるが、どの道最後は小麦粉にダイブしないと「マシュマロ」は取れない
必然的に顔が真っ白になるわけだが・・・。
いい笑いものである。
「バット十回転」バットをおでこに当てたまま十回まわるという物で、どっかのバラエティ番組に影響でも受けたんだろうか・・・。
素直にコレはキツイ。
なんせ目が回るからな・・・。
しばらく気持ち悪くなった。
どう、考えても罰げ~むか何かの類いだと思った
黒歴史だな。


それから実質一週間後には中間テストがあり、その一週間後にいわゆる「文化祭」がある。
オレ達のクラスは何か「煎餅」をどうたらって言っていたが・・・。
女子が主にやっていたので詳しくはわかんね。
男子は男子である遊戯台を作ろうって話になってたからな。
「文化祭」前の三日間は準備期間である。
それぞれのクラスが丸々三日つかって出し物などの準備をするのだ。
初めに必要なのが遊戯台作るためのダンボール、そしてハサミやカッターなどの工具
教室にも備え付けでいくつかはあったが、数が明らかに不足しているので買わなくてはならない
まずは、「ダンボールを貰ってくる係」「工具などの備品を買ってくる係」に分けて準備にかかった。
外出するには担任から許可証を貰う必要がある。それを持ってないと校門から外に出してもらえないのだ。
オレ達は担任から許可証を書いて貰い、学校の外へダンボールを求めて方々へ走った。
まず始めに行ったのがスーパーなどの量販店
係りの人に頼んでダンボールを譲ってもらった。
でも、サイズが小さすぎたためコレだと相当な量を持って帰らないとならないので学校とを何往復もしなければならない。
流石にソレはソレで面倒だったのでオレは「もう少し大きなダンボールはどっかでもらえないかな?」地元の友人に尋ねた。
したら雄大が、「だったら電器屋にでも行けばデカイのがたくさんあるんじゃないか?」と言ったのでさっそくその電器屋へ行ってみる事に。
かなり大きな物が手に入った。
冷蔵庫が入ってたダンボールをまるごと手に入れたのだ
でも、コレどうやってもって帰るかって話に・・・。
どう考えても重量オーバーな気がしたが、オレの荷台についていたロープてかゴムヒモのようなもので縛り、持って帰ることになった。
途中で何度も電柱や壁にぶつかり、何度もゴムが外れて落ちたがどうにか学校まで運び込めた。
その後オレはほとんど買出しで、他の奴らに遊戯台の作成を任せた。
でもまさかこの所為で遊戯台の難易度があそこまで上がるとは思わなかったな・・・。
遊戯台自体は三日かけてどうにか完成させた。


三日目の午後には「前夜祭」と言うものがあり、それぞれ有志達によるパフォーマンスまたはライブの様な物が体育館で催された。
見てる分にはかなり楽しめた。
こういうのも学生っぽくて良いなって思った。
そして、初めての「文化祭」が始まった。


準備期間は三日あるが、「文化祭」は一日しかない
そのため一日で捌けるような物をやるのが正しい。
オレ達が必死に作った遊戯台はいわゆる「簡易ゴルフ」である。
最初はもの凄い難易度が高かった。
長さが黒板の端から端までで、その間に障害物・・・主に穴が無数に開いてるんだが・・・。
まともにやって端まで行くわけが無いくらいビッシリと穴だらけだった。
オレが気付いた時は既に本当に真っ直ぐ転がさないとゴールの穴に入らないくらいビッシリ穴ぼこだらけだった
すぐに修正させたがダンボールが足りなくなったのでやむなく完成ってことにした。
一応商品で(ゴールに入ったら)駄菓子が貰えるので、お金を取る(一回50円)ことになってたが・・・。
オレは正直コレはお金を取れる代物じゃないと思った。
でも、みんなノリノリだったので言うに言えなかった。
が、始まって少したったくらいに何か見知らぬ先生が来て、オレ達の遊戯台を見るとこう言っていった。


「こんなのでお金なんて取れるわけないだろ?もう子供じゃないんだから少しくらい考えろよな。」


との「罵詈雑言」を言うだけ言って帰ってしまった。
オレはもちろん腹が立った。
相手の言い分ももっともなのだが、とにかくオレ達の頑張りまで否定されたみたいで・・・。
ソレだけは本当に許せなかった。
でも、オレはこんな遊戯台でお金を取るのもどんなものかと思っていたのでどうしたらいいものか凄く悩んだ。
すると小さな子供が来て、親に頼んでお金を払ってやってくれた。
もちろんゴールに入るわけもなく、玉は最初の穴に落ちていった。
子供は残念そうに帰って行こうとしたが、その時・・・。
オレの視界の外からマリモの用な物が通り抜けると、子供の手に駄菓子を渡していた。
オレは一言、「ジョリ・・・。」とそいつの名を呼ぶ。
するとジョリは振り向いてこう言った。


「みんなには内緒な!!」


ジョリは参加賞ってことで駄菓子を一つ上げれば良いんじゃないかとオレに提案してきた。
オレは別に反対する理由もなかったのでソレに応じることにした。
そっかこういう解決の仕方もあるんだな・・・。と思うとともにジョリの優しさに素直に感心した。
その後、この遊戯台にハマッた奴が現れて、そいつが貢いでくれたので遊戯台のみで売り上げは千円になった。


風の冷たい時季になり・・・。
何故かウチの学校は「持久走」なんて物があったため、ソレの練習が体育のたびにあった。
しかしそんなある意味大変な時にある事件が起こった。
違うクラスの話なのだが、体育で教室を離れている間に財布を盗まれたらしい
いわゆる「盗難」って奴だったのだが・・・。
この頃からオレの耳には入ってきていたんだった。
まさかこの事件と三年にも渡って戦い続けるはめになるとは本当に予想外だったな。


「持久走」の本番はある意味有名な川の土手を走る。川の名前は「焼き土下座」をした人と同じ名前である。
ああ、「カイジ」アニメ二期やんねぇーのか・・・話は知ってるけどな~~。
その土手を走るわけだが、往復10kmぐらいだったな。
42.195kmではなかっただけマシか。
ああ、おしるこは無かったな・・・。
この時は違うクラスの奴と走っていたので大分後ろの方だったらしい。
折り返しの所でが貰えるだけどオレは水を飲むと走り辛くなるので飲まない主義だった。
どうにか走りきってゴールしたオレだが、大分ゼーハーでした。
いや、だってオレ「帰宅部」だし(確認)。
普段まともに運動もしてないオレがいくら練習で体育の時間に走っっていたとは言え余裕に走れる訳が無かった。
昼の弁当が疲れすぎていて全然ノドを通っていかなかった。


12月に入り・・・期末テストがやってきた。
ジョリ数学のテストがヤヴァイ!!になっていたようなので・・・。
オレはしょうがなく先生の隙をついてテストを見やすいようにしてやってジョリにカンニングさせて難を逃れさせた
ちなみに確認するけど「カンニング」は悪いことだよ!!
学校によって対応は違うだろうけど間違いなくテストは取り上げられて0点になると思うからね
ウチの学校はそのテストは0点になって、それ以降のテストを別室で先生と二人きりで受けさせられるはめになるらしい
実際、生徒会長のカンニングがバレて謹慎まで喰らったという話もあるくらいだ。
みんなは心の悪魔で負けちゃ駄目だぞ!!


期末テストにはテスト返却期間って言うのがあり、特別な時間割になる。
授業の順番はそのままで25×6時間
簡単に言えば普通に4時間授業を受けた時と同じなので、昼には帰れるのだ。
しかし普段よりは断然時間の流れは早い。
授業の大半がテスト返しになるからだ。
授業開始テスト返却答え合わせ採点ミスを直してもらう自由時間(約10分くらい)
ほとんど遊びに来てるようなものだった。
赤点があるかもしれない奴らにとってはそうでもないみたいだが・・・。
厳密に言うウチの学校の赤点は中間と期末の点数を足して2で割った数が30点以下なら赤点になる。
つまり中間、期末と合わせて最低60点以上取れなければ赤点が決定。
中間、期末どちらでも30点以下なら追試になるので面倒でもある。
追試はテストがそのままだったり、もう少し簡単になったり・・・とにかく赤点救済の措置がとられてはいた。
が、それでも赤点をかなりの人数が取っているのが現実である。
夏休み明けに辞めて行ったアイツみたいに冬休み明けには誰か辞めるんだろうか・・・。
そんなことを考えながらオレはみんなとトランプorUNOで盛り上がっていた。
とある追試の朝。
オレが教室に入るとイキナリ駆け寄ってきて「勉強を教えてくれ!!」と頼まれたりもした。
とりあえず教えたけど、結果は覚えてないや・・・。


期末の後には「球技大会」がある。
夏休み前にもあったな。
「球技大会」の競技はほとんど「サッカー」が主だった。
みんな何であんなに「サッカー」が好きなんだろうか。
足でボールを操るなんて正気か?
人間には万能な二本の手がついてるんだから何も足でやる必要性なくない??
そう常々思いながら「サッカー」をやっていたオレでした。
基本は全学年全クラス対抗のため、いくつかのAだのBだのの大きく分けられてリーグ戦を行い、その中で勝ち星の多かったクラスが決勝トーナメントに出場できる
リーグ戦なので試合は一日2回
二日間あるので、最低でも4回は試合をする必要がある。
2回負けた時点で決勝には上がれない事が決定するので、オレ達はとっとと負けて自由になろうって話になった。
試合の時間以外は全て自由時間で、学校から出なければ何をしていても問題なかった。
オレ達は教室でげ~むしたりトランプしたりUNOしたりダベッたりして二日間ダラダラ過ごした。
罰げ~むも盛りだくさんでかなり楽しく過ごせたと思う。
罰げ~むの例としてはアレが一番面白かったな。
廊下で逆立ちして色々叫ぶってのがものっそいウケた。
もちろん写メを撮って保存しますた。
色々加工を施して方々に送りまくって本人にキレられてどつかれた。
板垣の雄姿は今でも携帯の中に残っている・・・。
アイツの写メを撮って加工するのにハマっていた時期がオレにもありました。
「球技大会」も半日で終わるのでオレみたい「帰宅部」としては最高な行事だった。
同じく「帰宅部」だった池田や田中、その友達と帰るのが当たり前だったのでまだそうやって一緒に帰宅していた。
同じクラスの奴らはみんな反対の方向に帰る奴らばかりなので一緒に帰ったりはまるでなかったな。


冬休みが近づくに連れて学校に居る時間は短くなり、そしていつのまにか終業式。
高校という所にはもう慣れていた気でいた。
だけど、オレはまだ本当の意味で高校というものを理解できていなかった
休み明け、残り三ヶ月で終わる一年生活
その最後に待ち受けていたのわ・・・。
どうあっても変えられなかった現実と、ソレに伴い引き起こされた危機だった
そんな事態が迫っていることも知らず、オレ達は冬休みに入る。
そして、時間だけがゆっくりとだが確実に進んでいった・・・。




過去語~高校生編③「盗難事件と最後の10」~へ続く。。
スポンサーサイト
[ 2005/07/24 00:00 ] 小説(完全版) | TB(0) | CM(0)






上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。